これは居合い抜きの達人というか、振武舘館長である黒田鉄山先生の動画なのですが、
そのあまりの速さに動画を視聴した外国人の方々も驚きのようです。
今回の動画の黒田先生ですが、この動画は2007年の演武会のもので、
黒田先生はこの時なんと57歳!
海外のコメントでも歳を感じさせない動きに驚いている方がいます。
特に2回目の抜刀(48秒~)は大変早く、
「コマ送りして確認すると抜き始めて真っ直ぐ持つまで0.3秒くらいだ」
というコメントもあり、
正直、何がおきたのか分からないくらいです(笑)
動画でこれだから、実際に目の前で見たら、
見る事もできないかも知れません。
静かで激しい。これぞ日本の武術、剣の技術は素晴らしいですね。
動画 携帯用動画
以下、この動画に対する海外の反応
これは私がyoutubeの上で見つけた最良の居合道ビデオだ。ありがとう。本当にもっと見たいと思ったよ。 ニュージーランド
制御されていた力が爆発したようだ。 ドイツ
これはいいデモンストレーションだ。誰かこの流派を僕に教えてくれ。 国籍不明
剣と精神の完全な融合に驚いたよ。 チェコ
そのあまりの速さに動画を視聴した外国人の方々も驚きのようです。
今回の動画の黒田先生ですが、この動画は2007年の演武会のもので、
黒田先生はこの時なんと57歳!
海外のコメントでも歳を感じさせない動きに驚いている方がいます。
特に2回目の抜刀(48秒~)は大変早く、
「コマ送りして確認すると抜き始めて真っ直ぐ持つまで0.3秒くらいだ」
というコメントもあり、
正直、何がおきたのか分からないくらいです(笑)
動画でこれだから、実際に目の前で見たら、
見る事もできないかも知れません。
静かで激しい。これぞ日本の武術、剣の技術は素晴らしいですね。
動画 携帯用動画
以下、この動画に対する海外の反応
これは私がyoutubeの上で見つけた最良の居合道ビデオだ。ありがとう。本当にもっと見たいと思ったよ。 ニュージーランド
制御されていた力が爆発したようだ。 ドイツ
これはいいデモンストレーションだ。誰かこの流派を僕に教えてくれ。 国籍不明
剣と精神の完全な融合に驚いたよ。 チェコ
居合道の練習をすることにした アメリカ
これがなんという流派か誰か知らないかな。 アメリカ
これを見て寒気がしたよ。 アメリカ
どうやって鞘に収めたのかわからない。 アメリカ
なんという居合抜きだ。これはもう芸術だよ。 プエルトリコ
おそらく彼は刀を愛しているだろう。 カナダ
凄く鋭くて、静か。 ウクライナ
これ、マジ? アメリカ
これは芸術だ!黒田先生に感謝。 フランス
静かな納刀だね。 カナダ
単純にビックリした。 ギリシャ
サムライスピリッツの橘右京みたいだ。 中国
彼はどこでこれを学んだの? アメリカ
面白いね。 フィリピン
彼をヨーロッパの騎士と戦わせてくれ。それを見るために金を払ってもいいよ。 オランダ
戦う前に準備ができてるんだな。カウボーイの決闘の日本人バージョンか カナダ
彼が二回目に抜いた時のスピードが信じられないくらい速い。 アメリカ
速すぎる。 カナダ
これがどのくらい速いのか誰か確かめてくれないか。 イラク
最高のデモンストレーションだ。 フランス
単純であるが故に綺麗。そして難しい技術だ。 アメリカ
なんて美しいんだ。 国籍不明
剣がどこからともなく現れているようだ。 コロンビア
彼は年のわりにいい動きをするね。 アメリカ
忍者のようだ。 アメリカ
気が狂いそうな速さ。彼なら斬るものをバラバラにできるだろう。 ジャマイカ
海外の反応としては、やはり多くの方がその抜刀の速さに驚いているようです。
それも黒田先生の長年にわたる研鑚による成果なのですが、
この人が凄いのはどうやら見えない部分にあり、
この動画に映っているのは先生の凄さのほんの一部のようです。
この先生が目指すものや考えていることなど、
実際に先生ほどの境地に達した人にしか分からないのでしょう。
しかし、こういった素晴らしい方から少しでも学びたいと考え、
遥かに及ばないながら、頑張って考察していきたいと思います。
先生本人は勝負の勝ち負けにはあまり関心がないらしく、
そこに至るまでの道のりやそれにより得たもの(まずこれが分かりませんw)
が大事だと考える向きがあるようです。
いわば、究極を追い求め自らを磨き続ける事こそ大事であり、
他人との勝負や優劣などは、そこまで大事ではない、という事なのでしょうか。
幼少の頃から大人にまじって稽古をしていたとのことですから、
さぞや厳しい鍛練を積んできたのかと思いきや、
少年の頃は稽古や勉強については、そこまで強制されていなかったとのことです。
そして先生は若いころは剣術よりも、
自分で描くほど漫画に興味を持っていた、というのも面白いですね。
先生が本気で武術に取り組み始めたのは、大学進学後。
きっかけは自分への怒りだったと言っています。
その後は道場のぞうきんがけから始まり、
汗で刀が錆びるほど稽古をしたそうで、刀のさび落としが日課になっていたとのことです。
その後も鍛練を続ける先生ですが、周りから高い評価を受けても、
先生自身、自らの稽古には全く納得していなかった、とあります。
周りから強制されても自分から進んで鍛練しないと、
結果は出にくいのかもしれませんね。
しかし、普通の人だったら楽なほうへ逃げてしまいますので、
自ら進んで厳しく己を鍛えあげた先生はこの部分からして、普通の人ではないのかも。
今回の動画で見せられている居合術については、
最終的には刀を抜かずにって書いてありますね・・・。
目の前で相対したらあっと言う間に切られる自信はあります(笑)
ちなみに、侍のように、盾を使わないで両手剣で戦う戦法は世界でも珍しいとのことです。
死を日常のものとし、知りつつも目的のためには恐れず、敵にすら敬意を払い、
磨きあげた精神と技術があってこその戦い方なのでしょう。
江戸時代の兵法家伝書(柳生新陰流の兵法思想を記した武道書)には
「仇なす悪に打ち勝って確実に殺すのが殺人刀であって、
その悪を殺したゆえに万人が救われ「活きる」のが活人剣」
というような文節があり、
「殺すのは殺人刀(せつにんとう)であり、人を活かすのが活人剣(かつにんけん)
しかし、自分たちが学ぶ剣術というものはこの2つが両方備わっていないとならない」
という意味のようです。
深すぎてさっぱり分からないのですが(笑)
驚くべき事に、日本にはこうした剣術を含む武術や流派が数多く存在してるんですよね。
有名なところをちょっと数えただけでも150流派以上あり、
日本全国に散らばる流派を合わせると、さらに増えるとのことです。
日本の剣術の主な流派一覧 ↓ 引用元はここ
黒田先生の振武舘では、以下の5つの武術体型を指導しているとのこと
非常に多くの流派がある日本の剣術ですが、
一つ一つの流派それぞれに今回のような流儀や武術論、
剣術を含む様々な術技が存在するんですね。
日本の剣術の深さには驚きを隠せないどころか、
知るほどにもっと知りたいと思わせる部分が多々ありますね。
日本古来の剣術は、江戸時代に入り平和な時代が長く続くと、
精神鍛練などに重きを置く禅のような流派も登場し、さらに昇華されていったと言います。
日本ではこうやって古くから様々な文化が生まれ、守られてきたんですね。
今回の動画の黒田先生ですが、日々の修練のなかで色々な事に気づいたそうです。
現在の高みまで到達できたことは、黒田先生本人が 「祖父の残した型があったから」 と言っています。
気が遠くなるほどの長きにわたり常に自分を磨き続け、
己を高め続けたからこそ、こうして多くの人を魅了させるのでしょうね。
2013.04.18 加筆 教えて下さった方ありがとうございます! 動画 携帯用動画
空気を切り裂く音が。
速い 速すぎる・・・。
これがなんという流派か誰か知らないかな。 アメリカ
これを見て寒気がしたよ。 アメリカ
どうやって鞘に収めたのかわからない。 アメリカ
なんという居合抜きだ。これはもう芸術だよ。 プエルトリコ
おそらく彼は刀を愛しているだろう。 カナダ
凄く鋭くて、静か。 ウクライナ
これ、マジ? アメリカ
これは芸術だ!黒田先生に感謝。 フランス
静かな納刀だね。 カナダ
単純にビックリした。 ギリシャ
サムライスピリッツの橘右京みたいだ。 中国
彼はどこでこれを学んだの? アメリカ
面白いね。 フィリピン
彼をヨーロッパの騎士と戦わせてくれ。それを見るために金を払ってもいいよ。 オランダ
戦う前に準備ができてるんだな。カウボーイの決闘の日本人バージョンか カナダ
彼が二回目に抜いた時のスピードが信じられないくらい速い。 アメリカ
速すぎる。 カナダ
これがどのくらい速いのか誰か確かめてくれないか。 イラク
最高のデモンストレーションだ。 フランス
単純であるが故に綺麗。そして難しい技術だ。 アメリカ
なんて美しいんだ。 国籍不明
剣がどこからともなく現れているようだ。 コロンビア
彼は年のわりにいい動きをするね。 アメリカ
忍者のようだ。 アメリカ
気が狂いそうな速さ。彼なら斬るものをバラバラにできるだろう。 ジャマイカ
海外の反応としては、やはり多くの方がその抜刀の速さに驚いているようです。
それも黒田先生の長年にわたる研鑚による成果なのですが、
この人が凄いのはどうやら見えない部分にあり、
この動画に映っているのは先生の凄さのほんの一部のようです。
この先生が目指すものや考えていることなど、
実際に先生ほどの境地に達した人にしか分からないのでしょう。
しかし、こういった素晴らしい方から少しでも学びたいと考え、
遥かに及ばないながら、頑張って考察していきたいと思います。
先生本人は勝負の勝ち負けにはあまり関心がないらしく、
そこに至るまでの道のりやそれにより得たもの(まずこれが分かりませんw)
が大事だと考える向きがあるようです。
いわば、究極を追い求め自らを磨き続ける事こそ大事であり、
他人との勝負や優劣などは、そこまで大事ではない、という事なのでしょうか。
幼少の頃から大人にまじって稽古をしていたとのことですから、
さぞや厳しい鍛練を積んできたのかと思いきや、
少年の頃は稽古や勉強については、そこまで強制されていなかったとのことです。
そして先生は若いころは剣術よりも、
自分で描くほど漫画に興味を持っていた、というのも面白いですね。
先生が本気で武術に取り組み始めたのは、大学進学後。
きっかけは自分への怒りだったと言っています。
その後は道場のぞうきんがけから始まり、
汗で刀が錆びるほど稽古をしたそうで、刀のさび落としが日課になっていたとのことです。
その後も鍛練を続ける先生ですが、周りから高い評価を受けても、
先生自身、自らの稽古には全く納得していなかった、とあります。
周りから強制されても自分から進んで鍛練しないと、
結果は出にくいのかもしれませんね。
しかし、普通の人だったら楽なほうへ逃げてしまいますので、
自ら進んで厳しく己を鍛えあげた先生はこの部分からして、普通の人ではないのかも。
今回の動画で見せられている居合術については、
しかし居合術は単に鞘から刀を速く抜くだけの技術ではない。相手は既に刀を抜いており、自分は未だ抜いていないという居合の想定する条件は、自分に不利なものである。また基本となる座構えも、動きが制限されて不利であるかに見える。不利を覆す術理を型の中で学ぶのである。最終的には刀を抜かずに相手を制する(太刀を捨てる)ことを目指す。と書いてありました。
最終的には刀を抜かずにって書いてありますね・・・。
目の前で相対したらあっと言う間に切られる自信はあります(笑)
ちなみに、侍のように、盾を使わないで両手剣で戦う戦法は世界でも珍しいとのことです。
死を日常のものとし、知りつつも目的のためには恐れず、敵にすら敬意を払い、
磨きあげた精神と技術があってこその戦い方なのでしょう。
江戸時代の兵法家伝書(柳生新陰流の兵法思想を記した武道書)には
「仇なす悪に打ち勝って確実に殺すのが殺人刀であって、
その悪を殺したゆえに万人が救われ「活きる」のが活人剣」
というような文節があり、
「殺すのは殺人刀(せつにんとう)であり、人を活かすのが活人剣(かつにんけん)
しかし、自分たちが学ぶ剣術というものはこの2つが両方備わっていないとならない」
という意味のようです。
深すぎてさっぱり分からないのですが(笑)
驚くべき事に、日本にはこうした剣術を含む武術や流派が数多く存在してるんですよね。
有名なところをちょっと数えただけでも150流派以上あり、
日本全国に散らばる流派を合わせると、さらに増えるとのことです。
日本の剣術の主な流派一覧 ↓ 引用元はここ
念流系
念流
奥山念流
念首座流
念流正法未来記
念流正法未来記入内
荒川念流(未来記念流)
家川念流
馬庭念流
本間念流
奥宮念流
柿沼一刀流
鹿島神流(國井家伝)
堤宝山流(宝山流)
一刀流系
中条流
富田流
當田流
戸田流
四天流
鏡新明智流
東軍流
丹石流
雖井蛙流
兌山流
神刀兌山流
中和流
神武尺蠖流
中和一刀流
鐘捲流
一刀流
小野派一刀流 - 一刀正伝無刀流
水戸派一刀流
梶派一刀流
中西派一刀流
天真一刀流
天真伝兵法(天真白井流)
北辰一刀流
天辰一刀流
伊藤派一刀流
溝口派一刀流
溝口派一刀流(会津伝、池上派一刀流)
甲源一刀流
開平三知流
合気甲源一刀流
間宮一刀流
天心独名流
涼天覚清流
唯心一刀流
外他一刀流
正木一刀流
巌流
神道流系
神道流
霞神道流 - 神道流剣術(神道夢想流杖術併伝)
天真正伝香取神道流
鹿島新当流(新当流)
一羽流
微塵流
神道一心流
天然理心流
願立流
本間流
天流
天道流
新天流
山口流
無外流
無外流高橋派
石巻我心流
大太刀流
天真正自顕流
示現流
小示現流
古示現流
太刀流
飛太刀流
常陸流
薬丸自顕流(野太刀自顕流)
神道精武流
本心刀流
心形刀流
奥山理想神伝流
柳剛流
合気剣(合気道の剣術)
陰流系
陰流
新陰流 -(柳生新陰流)
タイ捨流
安倍立(安倍流)
真貫流
信抜流
忠孝真貫流(講武実用流)
荘田心流
疋田陰流(愛洲陰流、愛洲新陰流、新陰疋田流)
上野新陰流
和田新陰流
大石神影流
鞍馬楊心流
新影幕屋流(松田派新陰流)
一円流
神道無念流
鈴木派無念流
扶桑念流
不二心流
小栗流
駒川改心流
奥山神影流
真新陰流
真心陰流
夕雲流(無住心剣流)
雲弘流
直心流
直心正統流
直心影流(直心影流長沼派)
深見流
影之流
奥村二刀流
直心影流藤川派
運算流
直心影流団野派
直心影流男谷派
直心影流島田派
直心自得流
二天一流系
当理流
円明流 - 二天一流
猪谷流
円明新流
多田円明流
武蔵円明流(岡本流)
鉄人流
両剣時中流
神免二刀流
林崎居合系
(剣術流派となった流派、もしくは剣術流派とされることがある流派のみ)
田宮流
窪田派田宮流
田宮神剣流(現、田宮流)
関口流
一宮流
林崎本心無敵流
その他
浅山一伝流
不伝流
津田一伝流
竹内流
竹内新流
貫心流
立身流
鞍馬流
将監鞍馬流(現、鞍馬流)
吉岡流
今枝流
理方一流
初実剣理方一流
理方得心流(理方刀術得心流)
新体道
素戔神流
黒田先生の振武舘では、以下の5つの武術体型を指導しているとのこと
非常に多くの流派がある日本の剣術ですが、
一つ一つの流派それぞれに今回のような流儀や武術論、
剣術を含む様々な術技が存在するんですね。
日本の剣術の深さには驚きを隠せないどころか、
知るほどにもっと知りたいと思わせる部分が多々ありますね。
日本古来の剣術は、江戸時代に入り平和な時代が長く続くと、
精神鍛練などに重きを置く禅のような流派も登場し、さらに昇華されていったと言います。
日本ではこうやって古くから様々な文化が生まれ、守られてきたんですね。
今回の動画の黒田先生ですが、日々の修練のなかで色々な事に気づいたそうです。
現在の高みまで到達できたことは、黒田先生本人が 「祖父の残した型があったから」 と言っています。
気が遠くなるほどの長きにわたり常に自分を磨き続け、
己を高め続けたからこそ、こうして多くの人を魅了させるのでしょうね。
2013.04.18 加筆 教えて下さった方ありがとうございます! 動画 携帯用動画
空気を切り裂く音が。
速い 速すぎる・・・。
コメント
コメント一覧
現在、古流の武術は残っている事は残っていますがほとんどは形骸化してしまっています。
武術を生業にしている訳ではないので型を保存するのが精いっぱいなのだと思います。
居合にひとつ取っても他の動画をみてもらえばわかりますがとても黒田先生とは。。。
以前、かなり有名な居合道家の方が黒田先生の師(祖父)に教えを請うた事があるそうですがあまりにも難しくて最後まで出来なかったそうです。
自分でやってもできないだろうくらいしかわからん…。
そして美しいなと思う。
ただただ美しい
実際は視覚的な問題で速さは変わらないという話
しかし2回目は速すぎて見えん(爆
しかし、自分たちが学ぶ剣術というものはこの2つが両方備わっていないとならない
人のために人を切ったとしてもそれは活人剣でもあり切人刀でもあるってこと?
剣道2段だけど深すぎてわからないw
二回目の抜刀は徐々に攻撃する姿勢を見せてからだから相対する敵は身構えるけど、
三回目は動き始めから切りつけるまで流れるように行ってる。
構えの有利から少しでも油断があったら、すぐ切られてるとおもうわw
剣ってのは人殺しの道具で剣術は人殺しのすべ
人を殺せるように学ぶわけだけど、それを振るうには正当な理由が必要
殺せないのも駄目だし、人を生かすためじゃないと駄目ってこと
観客が外人ばかりだし、海外での演舞かな?
つーか、マジ早くて見えん。気付いたら首が飛んでそうだ(ToT)
ただただすごいね
演舞も納得のいく動きを確かめるようで見応えがあった
眼福です
誤解がある様ですが、黒田先生の凄い所は「速さ」では無いのです
消える動き、つまり「ノーモーション(無拍子)」こそが先生の凄い所ですね
野球で例えるなら、黒田先生は160kmの球を投げる豪速球投手では無く、
棒立ち状態から「手首だけで」120kmの球を投げる投手の様なモノです
どれだけ速い球であっても、投球モーションを見てたら大体のタイミングが解り打たれる事があります
でも手首の返しだけで120kmの球を投げる投手がいたら、どんなプロ選手でも打つ事は不可能です
そのノーモーション、武術で言う所の「無拍子」こそ古今の武術家が追い求めていた術理なんですよね
ご本人曰く「自分なんてまだまだだ」と御謙遜されてると聞きますが……
少なくともこの動画等の動きを見るに、常人とは明らかにレベルが違うと思います
http://www.youtube.com/watch?v=P-5IA7VRin8
居合の時の座り方とか、剣術の時の立ち方や構え方とか、柔術の時の組み方とか、すごく戦国臭くてワクワクする。
別の動画でこの人が、指導してるのを見たことがあるけど、
本当にあらゆる状況で、生き死にのやりとりを想定した鍛錬をしてるんだなぁと思った。
そういうのを見ると、やっぱり剣道は武道ではなく、もうスポーツでしかないんだよね・・。
命のやり取りの先にはただ純粋さがある。
これまでに多くの流派が絶えたけど、残ってるものだけでも大切にしたい。
門外漢の自分にはその深さはまるで量れないがいつまでも見ていたい魅力がある。
管理人さんありがとう!
ツベに正面からの動画もあったよ。
あと、ご子息との組太刀とか柔術の演武もやってたね。
しかしさすがフランス人!静かに見てるw
鉄山先生の消える動き、無足の法などは日本武術の到達した高みを目の当たりに出来る貴重なものだね!
てか、抜きの速さも凄まじいけどあの長くて重い居合刀をゆっくり振るのって相当難易度高いわ(^^;
居合はやはり英信流が多いな。
上げられている剣術流派、今は居合だけのところも結構あるね。
失伝したのも含まれているんじゃなかろうか。
「居合い抜き」は元々大道芸の名称なので、居合には使わない方がいいというが。
「居合」と「居合抜き」は別物ですからねぇ
居合を学んだ事のある方なら解ると思いますが、
所謂「居合抜き」の事は「(抜刀からの)抜き付け」「抜き打ち」と呼びます (少なくとも英信流谷村派では)
「居合抜き」は、居合の一技術である抜き付けを大道芸化した物ですからね
片手での抜き打ちで、相手を確実に仕留める事なんて不可能です
だから抜き付け後に真っ向から両手で斬り下ろす等、抜き付けを文字通りの「皮切り」にするんです
(余談ですが「皮切り」の語源は、初めに据えるお灸が皮が裂ける様な痛みを伴うからで居合とは関係ありません)
>居合はやはり英信流が多いな。
現在の二大居合道組織の「全日本剣道連盟 居合道部」と「全日本居合道連盟」
共に英信流の影響が強いですからね、前者の「制定技」の成立過程然り
後者の創設者は英信流20代宗家と言った感じで、影響力がある=全国的に広がり易かったんでしょう
余談ですが、全剣連の西日本学生居合道連盟加盟校の流派でも、一番数が多いのは英信流でした
(と言うか、一番数が多い京都の加盟校のほとんどが英信流だったと言った方が正しいですが)
次いで夢想神伝流・片山伯耆流と言った感じでしたね
神道無念流 、天然理心流 、柳生新陰流とかネーミングセンスが秀逸
聞いただけでワクワクする
そんな貴方に「鹿島の剣」「香取の剣」を紹介
現存する日本最古の「体系化された(『型』を作った)」武術流派は、
室町時代中期に飯篠家直によって創始された「天真正伝香取神道流」です
ですが、彼がその流派を創始するに当たり参考としたのは、
鹿島神宮と香取神宮の神職に伝承されていた「鹿島の剣・香取の剣」なんですよ
特に「鹿島の剣」は、古墳時代に生まれたとされる日本最古の剣術です
伝説では、日本神話に登場する(鹿島神宮の祀神でもある)建御雷が、
悪神を倒す時に用いた剣術が源流だとか
その「鹿島の剣」から「関東七流(鹿島七流)」と呼ばれる、
鹿島神宮の七つの神官家に伝わる武術が生まれました
この関東七流は、京八流(鬼一法眼と言う天狗が鞍馬山の八人の僧侶に伝えた武術)と並んで、
全ての日本武術の源流となるモノです
日本武術も遡れば、神や天狗と言った神話・伝説上の存在に行き付くんですよね
中でも日本最古の「鹿島の剣・香取の剣」は覚えておいて頂けると、武術を学ぶ身としては嬉しいです
余談ですが、武術の起源に興味があれば「兵法三大源流」でググってみるのも良いかも知れません
仏菩薩や明王、本地垂迹説時代の権現も多いね。
鬼一法眼の法眼は僧の位で、天狗というか『義経記』では義経が師事した入道とされている。
小野派一刀流第17代宗家(当代)が牧師なのには、正直違和感がある。
元々信仰と縁が深い日本の剣術と牧師が両立するものだろうか。
歴史的には、「鹿島の剣」も「京八流」も、薬丸自顕流も主張する程時代は遡れない。
現存剣術流派の始まりは室町以降とするのが穏当なところ。
そうですね、そもそも「居合道」の祖として知られる林崎甚助重信も、
郷里の熊野権現(熊野明神)を祀った神社で、熊野権現より居合の極意を伝授されたとの伝説がありますし
>元々信仰と縁が深い日本の剣術と牧師が両立するものだろうか。
御本人も悩んでる事であるようですね
私の様な若輩者では彼の立場・苦悩を理解し、また評論するなどおこがましいのですが……
個人的には、究極の所「個人の見解・その個人が信仰する宗教が容認するなら可」
「故に余人がどうこう言った所で詮無き事である」のではないかと思います
参考資料として、彼の論文「武道、いわゆる武士道とキリスト教」を紹介させて頂きます
http://peterpooh.sakura.ne.jp/Peter_Pooh/Kendo/entori/2012/9/24_wu_daoiwayuru_wu_shi_daotokirisuto_jiao_-ri_benniokerukirisuto_jiao_xuan_jiaono_yi_ke_titoshite-_sen_jian_mei.html
>現存剣術流派の始まりは室町以降とするのが穏当なところ。
そうですね、先に述べた「兵法三大源流」も室町以降のモノですし
何よりも現存するのは「太刀・打刀を使用する武術」なのですから、
それらの武器が完成系となった平安末期~鎌倉初期以降にルーツを求めなければおかしいですから
極端な話、両刃の「剣」を扱ってた時代の剣術と太刀・打刀等の「刀」を用いた剣術は別物だと思います
剣術のルーツと言うよりも「戦場格闘術≒兵法のルーツは、鹿島の剣等にある」
あるいは「現存剣術のルーツとなる流派には、鹿島の剣等の技術が参考として用いられてる」と言った方が正しかったですね
>御本人も悩んでる事であるようですね
誠実そうな人だし、やっぱりそうなのか……。
色々とご丁寧にありがとうございます。
撃剣自体は当然古代にもあったようですが、史料で辿るのが難しいんですよね。
貴方の様な人が、武道をやっていると言われて説得力のある人だと思います。
態度の悪い人に言われても、首をかしげてしまいますから。
個人的推論も含んでおりますが、古代に於ける剣術……
と言うより、剣術も含んだ兵法は「軍事機密」だったのではないかと思います
純粋に「対人殺傷術」であり、余人に知られる事は自流の弱点の露呈・対策を立てられる事になります
また武芸で身を立てる事が可能だった時代故、自流の有用性を誇示する事で立身出世が可能でした
その為、詳細な資料・史料を残す事は不利益になったのではないかと思います
だからこそ「口伝」と言った形で伝えられて来たのではないかと……
ちなみに、流祖が神・権現と言った超常の存在に師事したと言うのは、
(不敬になりますが)皇室の祖先が天照大神だと言うのと同じ理由だと思います
つまりは「権威付け」ですね、もちろんコレが全ての理由だと言うつもりはありませんが
先の林崎甚助にしても「父親の仇討の為に執念で編み出した暗殺剣」と言うよりは、
「父の仇討を果たさんと熊野権現に参籠し祈念して、神より居合の極意を賜った」と言う方が聞こえが良いのです
聞こえが良いと言う事は品があると言う事、すなわち教え広めるのにも都合が良いと言う事ですから
>貴方の様な人が、武道をやっていると言われて説得力のある人だと思います。
いえいえ、私など未熟な浅学非才の身ですよ
ただ、この記事は黒田先生の術理を称賛する主旨の物でありますから……
最低限の礼節を以て書き込まなければ、黒田先生への非礼に当たると思っただけの事ですよ
技が受け継がれていくのも嬉しいし。
あとここは、ただ訳すだけじゃないのが良いね。
外人さん、これ居合道じゃなくて居合術やで
…いや、それは素人考えで、実はもっと前の段階からなのかもしれん。
何にしろ、カメラが彼の正面で無かったことを
視聴者の一人として感謝するわw
金属バットを握ってこの動きを真似できるのか、想像してみればいい。
まあ、それくらいの重さ、長さの棒を持ってるとイメージすることは出来るけど
刀、って結構重いし。それを抜いて振るとなると、よほど綺麗に操らないと振り回されるよね
ともかく、この動画のセンセが刀を持っているときに近付きたくないのはたしかだね
>座る動作から、既に攻撃のためのポジションを取っているって感じだな。
そうですね、もちろんそれもあるでしょうが……
より正確に言うなら「相手の攻撃(の意思)に対応できる所作を取っている」と言った感じです
元々「居合術」と言うのは「戦場抜刀術」とは異なる物なのです
中には戦場での介者剣術を想定してる流派・型もありますが、居合の本質とは、
「不意の遭遇戦に対する技術」なのです
コレは居合の祖とされる、先に例として挙げた林崎甚助の頃から変わってはおりません
彼が戦場兵法の一技術に過ぎなかった抜刀術を「居合」にまで昇華したのは、父の仇討が動機でした
つまり「平服時に於ける、不意の遭遇戦・護身・暗殺を想定した技術」と言う事です
居合の本質がそうであれば、常に自分にとってベストな体勢から技が繰り出せるとは限りません
それこそ「座り始めた途中で攻撃される」事も想定しなければいけないのです
「座った状態からヨーイ・スタート」と言う訳では無いのですよね
先生の刀法のみならず、着座に於ける所作に目を付ける……
貴方の着眼点は素晴らしいと思います
折角ですので、先生の納刀(刀を鞘に納める動作)も御覧下さい
居合に限らず剣術に於いて、最も隙ができるのは納刀時なのです
こちらは相手を仕留めたと思い刀を納める
しかし、万が一相手が生きていて最後の力で斬り掛かって来たらどうするか
私の様な凡人が形だけの残心を取るのとは違って、先生のは確実にそれに対応できる動きとなっておりますので
※39
日本刀と金属バットについて、補足説明をさせて頂きます
高校球児が使う硬式の金属バットは、高野連の規定で900g以上の物であると規定されてます
それに対して、日本刀の重さとは(流派・刀身によって差がありますが)概ね1~1.2kgと言った所です
参考までに、私が稽古で使っている刀(真剣)だと2尺3寸5分で概ね1kgです
(他流に比べて、一般的に英信流で用いる刀は若干短いものですから……あくまで参考値として下さい)
金属バットは、硬球をより遠くに飛ばす目的があるので重心がバットの先の方にあります
対して(あくまでも私の場合ですが)刀の重心は、鍔より少し先=手元近くにしてあります
重さがほぼ同じであっても、重心の位置次第で重さの感覚は変わりますからね
金属バットと日本刀を比較したとしても、正確なイメージを想起できるとまでは言えませんが……
ただ「慣れないとバット or 刀に振り回される」と言う意味では同じですからね
そう言った意味合いであれば、解り易い例であると思います
そこでは他に流鏑馬と砲術が人気でした。
一般人も有料で平安〜戦国時代の着物や甲冑の衣装を身につけて練り歩いていました。
今まで剣道すらも無縁に育ったので、
動画見てもファンタジーの世界の様に思っていましたが、実際に肉眼で見ると実感したというか感動したというか怖いというか、
それからは現実として見れて、
この動画も実在の人の動きという事に驚き、その技の素晴らしさにただただ感嘆の声を上げるばかりです。
鞘を後ろに引いてる
示現流は交わしたら普通の剣士になるなんて真っ赤な嘘ですよ
体の正面でVの字を書くように振ってくるのですぐに次の太刀がやってきます
もともとは受けた相手の刀ごと押し込んで叩き切るの(相手の刀を一撃で折ったという伝承もあり)で示現流の一の太刀は受けるなと言われていたと言うのが有名ですが受けられた場合相手が崩れるまで連激を放つ流派でもあるので防戦一方になる為に受けるな避けろと言われてていたと言います。
どんな流派でも一撃目避けられた時の対応方法などは有る物です。
名言すなぁ……。
正直「型にはまる」が弱く感じるのはまだ未熟な人が自分の動きを制限して型に収めようとするから。
実際「型」洗練された理論上最速最強のものだから、達人レベルになると、その恐ろしさが分かる。
高校ん時剣道やっていて、特別講師で来ていただいた師範の方と相対した時知った。
もうね、まず動けないの。「型」だからどう来るかわかっているはずなのに防げないの。
一見さんには我流の派手な動きの方がウケるのかもしれないけど、やっぱ先人が研磨していった「型」は凄いもんですよ。
見入ってしまった
形として遺す。それを受け継ぎ、受け取り、伝える。
代々繰り返すのはマンネリなのではなく、そこに込められる真意が常に恒に要。
そこを疎かにした愚輩に未来なし。
斬り終えて刀を収めるまでの間は、相手へ哀れみと見とどけの敬意なのか、、
※47
黒田先生の「型」に対する見解を、
先生の著書「消える動きを求めて―鉄山パリ合宿記」より引用させて頂きます
『型によって最大最小理論、等速度理論、
そして一調子の動き、浮身、無足の法などを学ぶことにより、その動きは消えて見える』
ここで重要なのは「型によって身体操作術を学ぶ」と仰ってる点ですね
型をそのまま実戦に使うのではなく、あくまでも型は「身体の動かし方を学ぶ物」と定義されてる点です
「型」と言う動きの形を覚えるのではなく、型と言う窮屈な状態に「あえて」身体を納める事で、
動きの質その物を変える事を目的とされてます
それを通して「消える動き」を追求しよう、と言うのが先生のスタンスです
インタビューか連載でやってた。
暇だから再び稽古しようと思ってやったら、全然動けてない事がわかって、真剣に取り組むようになったと。
甲野先生に至っては、ボタンが生理的に嫌いで洋服を着ないで済む仕事・・・・武術家になろうだからなあ(笑)
小栗流は教えてません。
あと黒田家の者だけに伝えられるものとして、大天狗流というのものもあるそうです。
<おーともちゃんさん>
上田からですとなかかな訪問する機会がないと思いますが、
美味しいお店ですよ。
美人女性店主を見に来てくださいね。
剣道日本の記事にのってたが
駒川改心流は富山にも残ってはいるそうだが
どうも風格が変わってる印象だ
いちおう活人剣殺人刀ってのは
相手の動きを利用して勝ちを得る業
相手の動きを殺していき勝ちを得る業
って言う意味も有る
殺人刀活人剣についてはるろ剣でも微妙に語られてたな
人を救うためには絶対に勝利し(殺さ)なければならない
人を殺すならば人を助けるためという大義名分がなければならない
そうでなければただの狂剣殺人鬼であると
これも元々は黒田家が伝えたものですね。
清水先生は空手の研究に熱心に取り組まれた方でもあり、黒田先生の改心流との違いもそういった事が影響しているのかも知れませんね。
動画が素晴らしすぎる
上段は不利だから駄目なのかと思ったらそんなことは無かった的な感じ
しかし、そこには人を活かすため(殺人剣から守るため)に振るわれるものと、私利私欲で人を殺すために振るわれるものとがある。
必然を避けられぬのであればせめて前者であれというのが活人剣。
この概念は後世に思想化されたフシが否めないけど、今捉えられているほどご大層なもんじゃないよ。
大手の剣術道場なり指南役が人殺しの技術を教えるにあたり、大義名分やら倫理観が必要だったってだけの話。もちろん、そこには一定の真実が含まれるわけだけど。
現代でも有形無形を問わず、武器となりうるものの取り扱いと倫理観の教育はセットでしょ。ソレと一緒。
で、その先があるわけだ。
政治力としての武芸から離れ、純粋に剣を極めようとすると、どんな道にも共通する話だが、哲学的な話になってくる。剣の道の場合はそれが、「なんで人殺しを前提にしなきゃ剣は成立しないのか?」ってな感じだったわけ。「己の極めた道は人殺しが無いと成り立たないのか?」でも良いかな。
それに対する一つの答えが「無刀」ね。
相手の殺意をかわして己の剣を相手の剣より先に相手の命に届かせる技術を極めたなら、相手に己の剣を届かせるためのリソースを相手の殺意を殺す事に置き換えて、必然を越えた所に剣の存在を確立できないか?って話。
ゆえにそれは紛れもなく剣の道の行きつく先であり、剣そのものであるが、剣は無くとも構わないという事になる。
居合術にしろ合気道にしろ、護身術として教える時「とりあえず逃げろ」は一番わかりやすい無刀の境地なんじゃないかな。目的は護身なわけだからね。
極めた先に更なるマゾい境地を見出すあたり、日本人らしいというかなんというか。。。
まあ、ここまで全部、俺が勝手にそう思ってるだけなんだけどね。
ホウキを抜かなくても国が綺麗ならそれに越した事はないが、あえてドブ掃除をしなきゃ収拾がつかないときもある。
武の精神性とは、
「気乗りしない汚れ仕事」なんだと俺は思う。
半端者が遊び半分でやるもんじゃないわ。
武の精神性とは、
「気乗りしない汚れ仕事」
まさに之 死にもの狂いで練磨しても 後世に伝える が 仕事
自分は祖父に父が馬術が得意だったので超える壁として馬術習ってた
弓道剣道柔道居合抜刀してた 今は居合 抜刀剣術してるが 真剣使い 怪我数知れず 他流の先生なんか指数本斬り飛ばしていたな。 時代錯誤な事してなんの得がるのかって言われるけど これ 本当に奥深く面白いです。 やればやるほど 自分が弱くなっていくって感じる武道無いっすよ 師匠真似てるけど12時間ぶっ続けて練習しても汗一つかかない人現代にもいるんです表には多分でてきません。・・普段は重たく長い真剣で練習してると樋の入った刀なら黒田先生並みに抜けます。
師匠も道場使用料しか受け取らないし 名誉や自慢の為の武道じゃない 一代限りの市井の武道家でいいと思う。
ただただ、凄いの一言。よくやる気になったモンだよ…地球の半周もした所から。
黒田先生の技を見ても現代文化に慣れた我々ではすごいといってもそのすごさを真に理解できるわけではない
その先生でさえ、術にすらならんものを剣道とはおこがましいので名乗るのも憚ると言われてますが。
もちろん、棒なぎなた小太刀やわらに至る全てをされているのは知っています
甲野先生を含めご高齢に近付いておられこの術義を黒田の家の者の他に少しでも詳伝できる方が上の「田舎流儀」の方含め次代に遺せるでしょうか。
特に黒田先生においては視座に入れているのもがあまりに深いため公開講座の素人さんなどあまやかに考えている人には門戸を広げようとしている場でもついつい厳しく言ってしまうようですから(素振り5年十年の世界を知った風な事を言って伝わっていないというより稽古の前の段階にいる人が歯痒いのでしょうか)
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